●書名:野球スコアのつけ方
●著者:大島信雄
●版元:成美堂出版
●出版:82年03月
●定価:500円
●評価:200円以下なら
私は高校時代にこの本を買いました。1978年前後かと思われます。明星と下関商の決勝(63年夏)のスコアが載っていたのを覚えています。著者は大島氏でしたし、版元も成美堂でした。
先日、古本屋で見つけました。奥付では82年刊ですから、私が昔読んだものと同一ではありません。報徳と京都商の決勝(81年夏)が載っています。懐かしさに思わず手を出して、結局ほかに読みたい本もなかったので、買ってきました。
家に帰ってから、いったい何年に改訂されたのだろうと思ってネットで調べてみましたが、諸説入り乱れていて、さっぱりわかりませんでした。こんな具合です。
- 1971年04月(トルソーワールド)
- 1978年03月(文庫シェルフ)
- 1985年06月(Yahoo!ブックス)
- 1986年06月(JBOOK)
- 1989年04月(アマゾン)
- 1989年05月(楽天)
- 1993年05月(古本市場)
- 1995年01月(日本の古本屋)
- 1995年03月(ブックオフ、紀伊國屋書店)
- 1996年06月(福岡県立図書館、紀伊国屋書店)
- 1997年04月(紀伊国屋書店、楽天)
私が買ってきた本には、目次の前に「改訂版発行に当たって」が添えられていますが、そこには何年何月という記載がありません。文中には「昭和56年からは圧縮バットの禁止が云々される」とありますので、1981年以降であることはわかりますけど…。
著者の大島氏は、大塚産業(長浜市、1948と1949年に北陸代表で都市対抗連続出場)から1950年に松竹ロビンスに入団、29歳のサウスポーは防御率2.03で20勝をマークして新人王と防御率1位のタイトルをとり、セリーグの初代王座獲得に貢献しています。
1950年は2リーグ分立の年であり、日本シリーズ(当時は「日本ワールドシリーズ」の名称)は松竹ロビンスと毎日オリオンズの対戦でした。第1回日本シリーズ第1戦の先攻はオリオンズです。ロビンスの先発は大島氏でした。日本シリーズ最初のマウンドに上がった投手が大島氏ということになります(延長12回完投で敗戦投手)。
大島氏は1955年限りで現役を退いていますが、1959年春にクーパースタウンを訪れたそうです。
おなじみのベーブルースや、タイカップにまじって、84名の功労者の胸像が、おごそかに壁に掲げられてありました。その中に、ヘンリー・チャドウィックという名前を見つけましたが、ほかのひとのように野球帽をかぶっていないのです。そうです。この人が記録の考案者だったのです。 (12~13ページ)イギリス生まれのチャドウィックはアメリカでスポーツ記者を務め、クリケットのスコアカードをもとにボックススコアを考案したと言われています。打率や防御率もチャドウィックが起源だそうです。
さて、思わず「ほんとか?」と突っ込みたくなるのは、次のくだりです。
最近日本でも、スコア・ブック持参で野球見物するのが、エチケットになってきました。記入方法は決してむずかしくありませんから、ぜひ、この傾向をひろげてゆきましょう。<略>昨今、日本でもだんだんそうなりましたが、海の向こうのアメリカでは、ずっと前から女性でさえスコア・ブックや、グラブを手にしてグラウンドに現れます。 (11ページ)「最近」や「昨今」が何年のことなのかわかりませんが、ひょっとするとそんな時代が日本にはあったのかもしれません。まあ、著者の希望的観測にすぎないのでしょうけど…。
私自身は、スコアをつけずに野球を見ていると手持ちぶさたで仕方がないのですが、だからと言って、よそ様に積極的にお勧めしようとは思いません。「自分なりにスコアをつけてみてはいかがだろうか」 とは書いています(「スコアの記入法」)が、あくまでも興味があればの話です。
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