9月のランチヒトカラが精密1でした。この時点での7~9位は93点でしたので、先日、入賞9曲を94点以上に揃えることを目標にして、とりあえず2時間で2か月ぶりの精密1に臨みました。
1曲目「天使にふれたよ」から「いい日旅立ち・西へ」、「U&I」、「帰っておいで」、「カントリーガール」、「冬のリヴィエラ」と続けた6曲目まで、すべて90~92点でした。7曲目の「シェルブールは霧雨」がようやく94点92%で6位に割り込みました。
8曲目「Canary」は93点、9曲目「つよがり」は91点でしたが、10曲目「時代」が94点90%で8位に入りました。この瞬間にベスト9から弾き出された「秋の気配」を11曲目に歌ってみたら、95点で4位返り咲きです。1時間10分で目標をクリアしました。
- 98(95) 虹と雪のバラード ♪ トワ・エ・モワ (1)
- 97(95) 翼をください ♪ 赤い鳥 (4)★
- 96(92) 瑠璃色の地球 ♪ 松田聖子 (1)
- 95(92) 若き獅子たち ♪ 西城秀樹 (3)★
- 95(90) 秋の気配 ♪ オフコース (3)
- 94(93) ダンデライオン ♪ 松任谷由実 (2)
- 94(92) シェルブールは霧雨 ♪ 松田聖子 (2)
- 94(92) 若き獅子たち ♪ ブルー・メガホンズ (4)★
- 94(90) 海その愛 ♪ 加山雄三 (2)
虹と雪のバラード/1971年/トワ・エ・モワ
作詞:河邨文一郎/作曲:村井邦彦
作詞:河邨文一郎/作曲:村井邦彦
「虹と雪のバラード」は前回(9-10月の精密2)は音程90%台が2度あったものの、MAX86点にとどまり入賞を逃しました。デュエット曲ですので音域は2オクターブ以上になります。今のところ私はキーを3つ上げて、白鳥(山室)パートはオク下で歌っています。
「翼をください」と同じ村井邦彦の作曲で、発表も同じ1971年です。もちろん、翌72年2月に開催された札幌オリンピックのテーマソングとして有名です。
70年大阪万博の「世界の国からこんにちは」がそうであるように、この曲もブルーコメッツやピンキーとキラーズ、スクールメイツなどによる競作でした。天地真理もファーストアルバムでカバーしています。
70年夏、札幌医大の河邨教授はNHKからオリンピック愛唱歌の作詞の依頼を受けたそうです。NHKからの要望は3つあり、その第一条件が「イベントが終わっても長く歌い継がれるもの」だったそうです。UGAのサイトで調べてみると、この曲がもっともよく歌われているのは札幌五輪後に生まれた30代です。
さて、札幌オリンピックと言えば70m級ジャンプです。もう覚えている人は少ないに違いありませんが、実は1本目のジャンプが終わった時点では、1位・笠谷、2位・青地、3位・今野で、4位が藤沢でした。最終的には2位と3位が入れ替わり、1本目4位だった藤沢隆は23位に終わりました。
ベテランと言われた青地が1942年6月生まれ、藤沢は1943年2月生まれ、笠谷が同年8月生まれ、今野は44年9月生まれ。ほぼ同年代の4選手のうち、最初に世界の扉を開いたのは藤沢です。1966年の世界選手権で日本人選手として初めてジャンプ競技のメダルを獲得しています(90m級銀)。
藤沢は68年グルノーブル五輪の70m級ジャンプでは1本目で2位につけながら、メダルには届きませんでした。藤沢は笠谷と同じ高校の出身で1学年先輩です。札幌五輪当時、小学5年生だった私が、こうしたことを知ったのは随分あとのことでした。
地元開催、冬季五輪初の金メダル、表彰台独占。勝者がスポットライトを浴びるのは当然のことです。TVの生中継は日曜の午後でした。誰も触れない4番目の選手の心境に思いを馳せたのは40年前の炬燵の中でした。
【外部リンク】
■店主の分け前>第67回:もう一人のジャンプ選手と同級生の女の子のこと
■「虹と雪のバラード」詩碑建立支援のお願い>楽曲誕生のエピソード
■BS朝日>うたの旅人>2010年2月5日「虹と雪のバラード」


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